ジャッジメント

ワールドカップサッカーの日本対オーストラリア戦で日本のゴールをめぐって誤審かどうかをめぐる記事が掲載されています。
「日本のゴールは正当」 サッカーW杯日豪戦の主審(asahi.com)
日本のゴールは「誤審」、主審認める W杯対豪州戦(asahi,com)
この報道をめぐって思うところがあります。
確かに誤審それも世界レベルの大会での誤審となればスキャンダラスですが、既に終わって結果が出ているものに対して後から難癖つけてもむなしいだけですよね。それを鬼の首でもとったかのように取り上げて報道するマスコミ。読者は興味をそそられるかも知れませんが、結果が変わるわけではありません。そんなものを報道してどうだというのでしょうか?
もちろん今回の判定が実は審判が買収されていて、試合が意図した流れになるように仕組まれていたのなら報道されるのはわかりますし、ちゃんと真実を解明して伝えてもらわなければなりません。でも今回の判定は試合の中の1プレイに対するジャッジメントです。
スポーツではゲーム中のジャッジメントについては審判が下した結果が全てです。
相撲や、テニス、アメフトのように審判を支援するシステムとしてビデオやセンサーを取り入れているスポーツはありますが、最終決定は審判という人間が下した決定が全てなのです。
誤審をした/しないを口にする審判にも問題があるとは思いますが、勝った負けたを審判のせいにするのならそれは弱い競技者のする事です。勝負のあやとしてのジャッジメントはありますが、それは乗り越えて勝って行かないと栄光をつかむ事は難しいのです。
ジャッジメントに納得がいかなくても、それを受け入れるしかない。
その上で勝利を目指すのが、スポーツなのです。

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